嵐じゃなくておっさんずラブ
アメリカでの生活も残すところあと2日!!
パッキングに追われながら、日本に帰って観たい映画・ドラマとかのことを考えています。
そして帰国前から私がはまってしまった沼。巷で話題の「おっさんずラブ」。田中圭演じる春田創一をヒロインの吉田鋼太郎演じる部長と林遣都演じるエリート部下牧くんが奪い合うドタバタコメディ!!!!!!!
わかっていたんです。これが沼であることは。日本のニュースをチェックするためにYahooニュースを開くと、度々入ってくる「おっさんずラブ」の文字。気になる、、、実に気になる。でもなんか見てしまったら負けというか、アメリカにいるんだから見るドラマは既に見始めてしまったブラックペアンとコンフィデンスマンだけでいい。新たに手を出すな!っていう葛藤と戦ってたんですけど、まあ見たさに負けました。
このドラマ、1話では完全にコメディーに振り切ったものだと思ってたんですが、、、とんだ見当違いでした。
これはただのコメディーじゃない。メッセージ性が強すぎる。心に来るものがありすぎて、笑えるんだけど、シリアスで、これをただのコメディーに分類していいものか、、、
私、BLが特別好きなわけでもないですし、そういうコンテンツに自ら出会っていくタイプではないです。でも、このドラマ、BLだとか腐女子だとか一切関係なく、本当にただの王道恋愛ドラマです。たまたま設定が男同士ってだけで、小さいころに憧れていた、ドラマの主人公が周りに翻弄されながらヒロインと結ばれる(かどうかはまだわからないけど)、そんなごくごく普通の、恋愛っていいなって思わせてくれるドラマです。
おっさんずラブに関しては、本当に内容さながら「ドラマっていいな」っていうところまで思わせてくれる。
私は映画とかドラマに影響されやすいタイプで、小さいころからドラマや映画の話を友達とするときに、周りとの熱量のさに悲しくなることが多い。だから、中学生くらいからは友達とはあえてそういう話をしないようにしているし、それゆえそういうのに影響されるタイプだとも思われていないと思います。
でも、ドラマって、現実ではそううまくいかないことをうまくいかせてくれるし、虚構性があるからこそ大切なことを伝えられる力があるコンテンツだと思っています。
そして、このおっさんずラブの私的に秀逸だと思うこと。それは、こういうセクシャリティーを題材にしたドラマにありがちな偏見・差別をあえてテーマにおいていないこと。
作クールの「女子的生活」と「隣の家族は青く見える」(6話くらいまで)も観ていて、好きなドラマだったんですけど、どちらも偏見とか差別を中心に描くいわゆる社会派ドラマだったんだと思うんです。もちろん、それが悪いってことは全然なくて、むしろ私は好きだったし、完全リアルではないにしろリアルに寄り添った、現実にジェンダーの悩みを抱えている人の状況とか葛藤を伝えてくれたし、考えるきっかけになるドラマでした。
でも、リアルに寄り添っているからこそ、リアルに考えてしまう。この世の中に差別とか偏見があるのは事実で、例えば女子的生活のみきちゃんを受け入れられないお兄さんの気持ちとかも、理解できてしまう。100%お兄さんが悪いとは私は言えない。だって、そういう世の中だから。
でもこのおっさんずラブ、誰もいないんです。同性同士の恋心そのもの自体を否定する主要登場人物が。(5話までの時点で)
最初にあれ?と思ったのは内田理央さん演じるちず。はるたんの相談相手という大事な役回りながら、同性愛を否定しない。あー、じゃあこれは別の人に反対する役が与えられてるのね、と思いました。でも、待てど暮らせど出てこない。職場ではるたんが武川さん(は例外かもだけど)とまいまいに相談した時も、部長が奥さんに打ち明けたときも、、、
そして何より、女の子が好きだと公言しているはるたんが部長や牧くんの愛情を「男だから」という理由で否定しない。
だからこそ、手放しで、普通のよくある男女の恋愛ドラマのように、登場人物と一緒に笑って、泣いて、切ない気持ちになって、応援することができる。
ちずの春田への恋心も、ちずが女だから部長や牧くんより有利だなんて思うことはなくて、逆に部長や牧くんが不利だなんて思うこともない。みんな平等の恋敵。
それは、このドラマが同性愛が受け入れられる世界観のなかで描かれていることが大きいんじゃないかなと勝手に思っています。
そして、これを見ている人なら誰もが受けとっているであろう「恋する気持ちに性別は関係ない」というメッセージ。差別とかが描かれない分、この根本の、最もコアである部分が、強く打ち出されているような気がします。
こういうメッセージは現実世界では誰も伝えてはくれないし、自分で気付ける機会も少ない。実際、私は周りの同性愛者に気付けたことないですし、それゆえそういう知り合いもいない。(と思っている)でも、こういうメッセージって、数学の公式や難しい英単語なんかよりもずっと大切なことのように思います。
あードラマって、エンタメって、素晴らしい。
そして、こんなにもドラマの世界に引きずり込んでくれる演者さんたち、制作者さんたちには頭があがりません。このような作品をこの時代にありがとうございます。
と、いうわけで、私はOL沼にズボズボです。
ちなみに、牧春勢です。牧くん推しです。あと、林遣都君沼にも片足突っ込んでます。
お芝居がうますぎて、、、、なぜ気づけなかった自分、、、、
小公女セイラ全話見直したんですけど、デビュー2年目は信じられないです。
こちらには女の子(志田未来ちゃん)とのチューがありますので気になる方はぜひ!!
最終回まであと2話とか無理すぎ。
下界に吐き出した言霊
最近、自分と同い年ぐらいの若嵐を見るのにはまっている。
はまっているというか、嵐をお手本に生きたいと思っていて、嵐のマインドに触れているのですが、もうみんな本当に若い時から大人で、しっかりしていて、、、
そりゃあ10代前半のころから芸能界にいたら当たり前なのかもしれないけど。
とてもじゃないけど、追いつけないなあと思いながら、少しでもあんな素敵なマインドを持てるようになりたいと思っているのだけど。
そんななかで私が思った勝手な想像話を。
2004年の24時間テレビの相葉君のお手紙が本当に大好きで、留学中に死ぬほど再生したんですけど
「トップになりたいっていう夢、絶対叶えようね。」
あの言葉って、きっと、嵐の中では世の中に発信する空気はなかったのかなって思う。
2004年の嵐はリアルタイムで追ってないから、本当に想像中の想像だけど。
NHKの15年目の告白も何回も見たけど、あの時代の嵐さんって毎日のように夜遅くまで話し合ってるって言っていて。でも、深夜枠のテレビとかでは今見ると驚くようなことばかりやっていて。
多分、あの頃の嵐さんにとっては「トップになる」っていうのは本気で叶えたい「野望」であって、「目標」にはなりえなかった。
「嵐を巻き起こそう」ってテレビで言うことはあっても、あの時代の嵐が表立ってトップを目指しているなんて言わなかったし、言えなかったんだと思う。
でも、2008年に、ニノが手紙を読んでいっていたけど
「相葉君がこの場所で言った「トップになろうね」って言葉を嘘にしないためになりふり構わず走ってきた。」
言ってしまえば、相葉君があの言葉を公共の電波に乗せたことによって、あれは嵐の叶えるべき目標になり、なりふり構わず頑張った結果が2006年のターニングポイントを呼び、今につながっているんじゃないかって。
そう思うのはもう一つあって、「COOL&SOUL」 の「下界に向けて吐き出す言霊」
あの「言霊」って、きっと「トップになろうね」の言葉なのかなって勝手に思っている。真意はわからないけど。
それが言霊として、今の勢いにつながっているねって私には聞こえるようになった。
誰一人も諦めずに、本気でその目標を叶えてくれたから、私は嵐に出会えてたくさんの楽しませてもらって、時には奮い立たせてもらっています。
アイドル達は努力を語ることは少ないし美談にしないから、それを見られることは嫌なのかもしれない。けど、そういう下積みっていうか、もがいていた時期を垣間見ると、今の嵐が発する言葉にもすごく説得力があって、自分こんなんじゃダメだなって喝をいれられる。
私も、「絶対叶えたい」って思う大きな目標がほしい。そのために頑張る20代を過ごしたいな。
あと、前の記事で触れたからちょっとだけ。
アイドルの真実は言動のみにある。二宮君のときにそう書いたけど、少し訂正して、言動と行動のみにある。かな。
山口君が、TOKIOがこれまでアイドル活動でしてきた事は消えないし、消せないし、真実だから。嵐との5×5の絡みももっと見たかったし、それが見られなくなるのは残念だけど、お疲れさまでしたとありがとうございましたとこれからもよろしくお願いしますだよね!!!!
いつだって、心無い言葉を発する「外野」はシカトでOK!!!!
グループは「同僚」じゃない
TOKIO兄さんについてちょっと。
海外にいるから、どんな報道がされているかはわからないんだけど、同じジャニーズのグループを応援している者として思うことを置いておきます。
全部の情報を目に入れているわけじゃないし、文脈を読み違えていたらあれなんだけど、入ってきた情報で悲しかったのはグループというものを「同僚」ってとらえる考え方。
これはあくまで自論だし、わたしの考え方なんだけど、ジャニーズに限らずAKBとかLDH(?)とか、グループって絶対に本人たちにしかわからないものなんだなって思ってる。
彼らは圧倒的にプロであるから、苦しんでいる姿とか、してきた苦労を語らない。そしてそこには、話したとしても他人にはわからないしわかってもらう必要もないっていう気持ちも垣間見える気がしている。
グループっていうものにおいて、グループ以外の人間は外野にしかなりえない。
だって、彼らは10代の頃から同じ時を共にしていて。「同じ釜の飯を食った仲」どんな時も支えあってきて。そんな関係であるからこそ、ほとんどのグループがメンバーのことを仕事仲間以上、友達以上、家族以上っていうんだと思う。
確かに一般の企業だったら同僚に辞表を預けるのはあり得ないけど、彼らは同僚じゃない。同僚だけど同僚以上でしょ?なぜ山口君が他の4人にそれを預けたのか。なぜ4人はそれを受けっとったのか。そして、その行く末を簡単に決められないのは、そこまでの過程にたくさんのものが詰まりすぎているからでしょ?その過程を加味することを「甘い」というのかもしれないけど、それを加味しないことなんて彼らにできるはずはないし、そんなグループに魅力なんてない。その過程を大事に抱いて、みんなで歩いてきたのが今のTOKIOであり、高視聴率の鉄腕DASHとか福島のPRとかに結びついた。
それをすべて無視して、彼らが出した”結果”にだけ目を向けて、非難して。
しかも、彼らは自分たちが甘いということをわかってる。
なら、なぜその結果にいたったのかを考えないの?ただ「身内に甘すぎる」って咎めるのではなくて、なぜ彼らが甘いのかっていうことに目をむけてほしいと思った。馴れ合いなんかじゃない。彼らだって、山口君が犯したことを世間に許せと言っているわけじゃない。
多分、今この状況だって「TOKIO」にしかわからない。
同じグループを応援するものとして、それが無視されているのはとても悲しい。
でも、それが全員に伝わる世の中じゃないから、彼らは過程を美談にして武器にはしないから、アイドルは夢を売る職業だから、アイドル達は日々色んなことに気を配って活動してくれているんだな。いろんなものと引き換えに活動してくれている、幸せをわけてくれるアイドルに感謝して、私ができるのは全力で彼らを応援するだけなんだよね。
あと、なにかでこの事件を「もしアメリカだったら(海外だったら?)」みたいな体で議論してた(気がする)けど、それはナンセンスすぎないか、、、
日本はアメリカじゃないし、アメリカのケースに倣う必要もない。アメリカにいるからそう思うのかもだけど、日本のそういうに人情味あふれるところがすごく好きだし恋しいし、、、政治とかわからんけど、すごく大事な国際問題とかなら別だけど、そういうメディアとかのルールも世界一律になっていくのかな?
そんな世界怖すぎ。恐怖。
嵐ファンを考察して思ったこと
私はかれこれ10年くらい嵐のファンだ。相葉君ごひいき。
ありきたりな花男2オチで嵐を知り、嵐が全盛期に入っていくころ(多分1番ファンが増えた時期)に私も好きになった。
が、私はここ1・2年、自分では気づかなかったけど、嵐に対して熱が落ち着いていたらしい。LIVEとかワクワクは行ってたけども。アルバムをLIVE前に聞きこむことはなかったし、テレビも全部を追っていたわけじゃない。特に去年のあゆはぴコン後はひどい。アイルビのカップリングは知らないし、留学前に観に行けたはずの忍びの国も行ってない。
しかし、海外長期滞在をきっかけにその熱が再燃し、多分以前のそれを超えた。そして、それが「嵐」はたまた「嵐のファン」を考察する機会にもなった。っていうか、気づいたらしていた。
そもそも再燃したきっかけは、母が誕プレとともに送ってくれた「Untitled」のアルバムだった。聴いた瞬間、嵐ってこんなに歌うまかったっけ?なんだこの今までにない曲調のこの感じは?!?!ハイパーかっこいい!!!!!となり、とりあえず自分のiphoneに入ってる嵐の歌を聞きなおし、ネットで嵐の動画をあさり、、、再び「嵐大好き!!万歳!!」ってなったんだけど。日本にいるときみたいにテレビを見れるわけじゃないし、嵐への思いを共有する人(日本では主に母)もいないからわたしはTwitterなるもので嵐垢を作り、「Untitled」の感想だとかUBだとかを調べ始めた。
そしてこの行為が今までの私の「嵐」、特に「嵐ファン」への無知を暴き、私は”彼ら”と自分との温度差に驚かされる。(なおここでいう”彼ら”は私以外の大多数の嵐ファンではなく、私と違った見方をする「嵐ファン」に限定する。)
前述したとおり、私にとって、嵐に関する主な話し相手は母であり、それで事足りていたので、今までネットで嵐友なるものを作ることもなければ、友人に自分が嵐ファンであることを打ち明けることもそうそうない。そして、母からしてみれば嵐5人とも息子でもおかしくない年齢である。したがって、母と嵐に対する思いを共有できている私には嵐のプライベート、つまり熱愛には興味がない。というか、別に熱愛・結婚にワーキャー騒がない。熱愛が出れば「相手いたんだ!よかったねー」となるし、それが後から嘘でしたと言われても、そうでしたか、で終わりである。
そう、これこそが私が最も驚いた”彼ら”との差である。もちろん、自分とは異なったスタンスで嵐を応援している人がたくさんいるのは知っていた。が、それにしても。ということである。
ちなみに、私が海外にいる間に報道された嵐の熱愛は相葉くんと二宮君である。
前者のときは、再燃前だったのでいつものごとく、母親にLINEしてよかったねーと言い合っていた。が、後者の時は自分も嵐垢を駆使して色々なファンの嵐に対する「在り方」を興味津々に見ていた時期でもあり、よくないことだと知りながら色んな人のこの件に関するツイートを覗いてしまった。
週刊誌の記事を見なかったことにする人、すっかり信じ込んでショックを受ける人、お相手の方を批判する人、二宮君を責める人、2人とも責める人、気にしていない人、色々いた。色々いたんだけど、、、
わかる。確かにあの匂わせは熱愛興味ないファンでさえ、「ちょ!待っ!!!!」ってなると思う。私はなった。普通に熱愛!!ってツーショの方がマシっていうか。例えば、名前出すのは申し訳ないけど、佐々木希ちゃんとの「流出してしまった2ショット」の方が受け入れられたファンの数は圧倒的に多いと思う。
だから、そのことに関して色々いう人がいることは、自分が同調できない意見でさえも理解はする。私が驚いたのはそこではなくて、、、
たった一つの嘘か本当かもわからない記事で「今の二宮君」の全てを否定する人が存在することである。
私は嵐のみんなの誠実さが大好きだし、尊敬している。彼らはテレビの中から私たちをあざ笑う人ではない。それは自明である。(根拠は必要ない。あれで裏はめちゃ悪いほうが難しい。)
ニノに関して言えば、私は、ニノのような気遣いになりたいし、ニノのような人たらしに憧れるし、ある意味嵐の中で一番の正直ものだとも思っている。
一番、パブリックイメージを気にしないというか。引き合いに出すなら、翔さんや相葉君は結構気にしているイメージ。そしてニノの優しさとか気遣いって、そういうところにあるっていうか。彼が毒舌キャラだったり、皮肉的なツッコミをするのは、「自分がどう思われてもいいから番組を面白くすることに徹する」とか「ほかの4人をたてる」みたいなところがあると自分は思っていて。嵐愛にあふれていると思う。そして、大多数のファンが彼のそういうところを認知している(していた)と思う。というのも、今回の熱愛報道を受けて「二宮君は変わった」的なツイートが多かったから。
繰り返し言う。熱愛に関する一喜一憂の気持ちはわかる。おめでとう、嘘でしょ、ありえない等々。そんな反応は本人たちも承知済でしょう、もうかれこれ10年くらいアイドル界のトップを張っているんだもん。自分たちの熱愛にショックを受けて離れていく人がいることだって十分知っていると思う。
でも、これまでの彼らの姿勢とか頑張りとかそういう”事実”までもを否定してしまうのは、あまりにも報われないと思ってしまった。嵐も、応援していたファンも。
正直、二宮君が変わっていないとは言い切れない。っていうか、そんなの知る由もない。知るすべもない。でも、アイドルが偶像であるからこそ、アイドルについての真実は彼らの言動のみにあると私は思っている。そりゃリップサービスもあるだろうよ。(徹子の部屋での恋人はファンのみんなです by ニノ とか)でも、そんなんはリップサービスってわかるじゃない。そういう次元ではなくて。週刊誌なんて、何が本当でなにが嘘かわからない世界によって提示された情報を二宮君が折々に私たちに伝えてくれた言葉よりも信じる人の多さに驚いて、悲しくなった。
まあ、結局何を信じるかはその人次第だし、こういう人もいるんだな!!に落ち着くんだけどね(笑)
次に驚いたのは「アンリー」なる人々が存在すること。5人まとめて大好きな私には想像の余地すらなかった。別に、好きな理由って人それぞれだし、ファンとしての「在り方」もそれぞれだから、アンリーなんてありえん!!!ともならない。好き嫌い、得意苦手があるのは普通のことだしね。ただ、あそこまで5人が5人でいることに存在意義を見出しているのに、それを否定したりとか差別されているなんて言う人もいるもんだなあと。
そして、趣味は悪いが自分と違う嵐への”愛”にふれることで、自分の嵐に対する”愛”を再確認して、さらに好き!!!となる。
最近のSNSなるものは宇宙なんだね!!(まだ学生)
色んな人の色んな意見に触れる事は面白いけど、自分はこれまでどおりの自分のスタンスで嵐を応援していこうと改めて思った。
コンサート行きたいなあ、、、